おてがみ

誰宛でもなく

アイドルを生きる

 

“生”。ステージ上ではみんなその世界を生きてるから。 

これは最近?の月刊TVnaviに載っているSnowManのインタビュー記事の中に掲載された、推しである宮舘涼太さんが発した『SnowManの、「滝沢歌舞伎」への思いの漢字一文字 を話し合って決めてください。』に対するコメントだ。

私は宮舘くんに対して、いつまでもどこまでもアイドルを貫く人だなあという思いをぼんやり抱いていた。そんな中での本人のこのコメント。これを読んだときビビっときた。推しが、私の推しに対する考え方をことばにしてくれたような気がしたからだ。

いつも表面的なところばかり見てキャッキャしているせいでアイドルの深い部分を語ることが得意ではないから、これ以降に曖昧な文がたくさん並んでいて申し訳ないんですが。

個人的な話。宮舘くんっていつ見ても、あっ宮舘くんだ…ってなる。いや、もちろんそこにいる人は宮舘くんなんだけど、なんて言うんだろう。アイドルというものに立ち望むその姿勢?パフォーマンス中の宮舘くんは宮舘くんであることを切らさないというか、そりゃずっと気張るの大変だからちょっとは気抜いてる、素に戻る時もチラッとはあると思うけれど、TV越しにはその瞬間が見えないというか感じさせない…?なんて言えばいいか分からない!!けど言いたいことは、そのくらいいつまでもどこまでもアイドルでいる。むしろアイドルを演じているんじゃないかとも思わされる時がたまにある。本当にたまにね!

いやいや演じるとは?となると思う。これはわたしなりの考えだけど、アイドルというのも結局は演じるものだと思う。演技みたいに別人としてしっかりというわけじゃなく、同じ人間であるように軽く装う感じの演じる、だけども。たとえばプライベートがドロドロでズタズタでちゃんとしてなくても、たとえば性格が心の底から悪くてオタクを毛嫌いしているような人間でも、ステージ上でそれをひた隠しにして、ちゃんと踊って歌って笑顔を振りまいてキラキラしていればその瞬間からアイドルは成立するもの、だと捉えている。

刺々しく感じると思うけれど、それが出来ない人もいる。いやそこは隠せよ!あなた下積みとはいえれっきとしたアイドルでしょ!それが出来ないなら辞めてしまえ!!ってなるときもある人、たまに、いる。でも私の見ている(あくまでTV、DVD越しの)宮舘くんは私の定義するアイドル像ドンピシャで、いつ見てもアイドルで、ずっときらきらしていてかっこいい。

アイドルというより赤の他人のプライベートとか知ったこっちゃないので、ほんとうの宮舘くんがどんななのか当然分からないだけだしいやお前それフィルターだろ、ってなる人もいる(実際思った人いるよね)と思うけど、宮舘くんはこの“ほんとう”を感じさせないなあと思った。ずっとアイドル。かっこいいなあ~~~~~~~~~~~~~!!!!

かっこいい~無理~って拗らせかけたときにこのインタビューを読んで、宮舘くん自身から発された言葉に触れて、何かが合わさるような音がした。試しに『ステージ上では宮舘涼太としてアイドルの世界を生きている』に嵌めてみたら、腑に落ちたというかなんかすっきりしたのを覚えている。勝手に考えを一致させただけだけど、一致させてくれるような推しからの言葉を受け取ることができて、推しのことばで考えをあらわすことができてすごく嬉しかった…無理…かっこいい…好き……

まとめますと宮舘くんの考え方に触れられて、それが私の考えにあてはまったのでちょっと嬉しくなったお話でした。

 

ぐしゃぐしゃな文ばかり並べてしまったんですけど、あと20日で宮舘くんのお誕生日なのでこれを更新したみたいなところはあります。次は10日前か当日になにか更新したいなー!ちゃんとまともなやつ!

祭りに行く人も行かない人もよかったらお祝いしてくださいね!ちなみに私は祭りには入れないので家から宮舘くんへ念を送りたいと思います。宮舘くんにとってあの場所がアイドルとして輝ける場になるといいなあ。いつも輝いてるし大丈夫か。